概要
十倍の今川軍を奇襲で破った。無名の若い大名が、天下を目指す位置に立つ。
場所
桶狭間位置は特定されていない(誤差 ±5km)
35.06°N 136.98°E · 日本・愛知県(正確な戦場に諸説ある)
35.06°N 136.98°E · 日本・愛知県(正確な戦場に諸説ある)
本文
今川義元が、大軍を率いて上洛の途についた。
織田信長の兵力は、その数分の一になる。
籠城を主張する家臣に対して、出撃を選んだ。
桶狭間の狭い谷で休息していた本陣を、 豪雨のなか奇襲した。
義元が討たれ、今川軍は崩れる。
奇襲か、正面攻撃かについては、 史料の解釈で議論がある。 迂回して背後から襲ったという通説には、 疑問が呈されている。
確かなのは、 総大将を直接狙ったことになる。
大軍でも、頭を失えば動かない。
この一戦で、無名の若い大名が 天下を目指す位置に立った。
そして、この戦いで捕らえられていた 松平元康——後の徳川家康が、独立する。