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Event / できごと

ヴェサリウス『人体の構造について』

De humani corporis fabrica
AD1543年
重要度 5

概要

28歳の解剖学者が、自分の手で解剖して、ガレノスの間違いを200か所直した。ティツィアーノの工房の絵で、骨が考え、筋肉が歩く。コペルニクスの本と同じ年に出て、天と体が同時に書き換えられた。

場所

バーゼル
47.56°N 7.59°E · スイス

関わった人(1)

アンドレアス・ヴェサリウスAD1514年12月31日–AD1564年10月 · 著者

本文

『デ・フマニ・コルポリス・ファブリカ・リブリ・セプテム』。 人体の構造についての七つの書。 1543年6月。 バーゼル。 ヨハネス・オポリヌス。 663ページ。 2つ折り。 木版画、 200以上。 ティツィアーノの工房。 ヤン・ステファン・ファン・カルカル、 と言われる。 確かではない。 扉絵。 ヴェサリウスが、 女性の遺体の、 腹を開いて、 群衆に、 見せている。 自分で。 床屋外科医ではなく。 講壇には、 誰もいない。 骨格が、 真ん中に。 犬と猿が、 下に。 「ガレノスは、 猿を、 解剖した」。

7巻。 骨、 筋肉、 血管、 神経、 腹部、 心臓と肺、 脳。 「筋肉人」。 14枚。 皮を剥いだ人が、 風景の中で、 順に、 筋肉を、 剥がれていく。 背景を、 つなげると、 パドヴァの、 エウガネイ丘陵。 「骨格が、 頭蓋骨に、 頬杖をついて、 考えている」。 「ウィウィトゥル・インゲニオ、 カエテラ・モルティス・エルント」。 才は生き、 他は死の物。

ガレノス。 2世紀。 1300年。 「間違い」。 「200か所以上」。 胸骨は、 7つでなく、 3つ。 下顎は、 2つでなく、 1つ。 肝臓は、 5葉でなく。 子宮は、 角がない。 「怪網」。 レテ・ミラビレ。 脳の底の、 血管の網。 人間には、 ない。 牛には、 ある。 「ガレノスは、 人間を、 解剖していなかった」。 「猿と、 豚と、 牛」。 それでも。 心室の間の、 「穴」。 ヴェサリウスは、 「見つからない」と書いた。 第2版(1555年)で、 「ない」と。 穴がないなら、 血は、 どう。 それは、 85年後。 ハーヴェイ。

同じ年。 1543年。 ニュルンベルク。 コペルニクス。 『天球の回転について』。 5月。 コペルニクスは、 死の床で、 本を見た。 ヴェサリウスは、 28歳。 「1543年」。 科学革命の、 元年。 そう言われる。 本人たちは、 知らなかった。 ヴェサリウスは、 翌年、 カール5世の侍医になり、 解剖を、 やめた。 「私は、 ノートを、 焼いた」。 怒って。 批判に。 師の、 シルヴィウス。 パリ。 「ヴェサヌス」。 狂人。 「ガレノスが、 間違っているのではない。 人間が、 ガレノスの時代から、 変わったのだ」。 本気で。 『エピトメ』。 要約版。 学生用。 同じ年。 盗版が、 すぐに。 1545年、 ケルン。 『ファブリカ』は、 1555年、 第2版。 1568年、 ヴェネツィア。 1600年代まで、 医学部の、 本。 ハーヴェイも、 これで。 1934年、 木版が、 ミュンヘンで、 見つかった。 16世紀の、 版木が。 1943年、 「400年」の、 記念の印刷。 1944年、 空襲で、 版木は、 燃えた。

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