概要
バーゼル大学の医学教授が、聖ヨハネの日の焚き火に古典の医学書を投げ込み、ラテン語でなくドイツ語で講義した。病気は体液の不均衡ではなく外から来る、と。1年で追われ、放浪して死んだ。
場所
47.56°N 7.59°E · スイス
関わった人(1)
パラケルススAD1493年–AD1541年9月24日 · 医師本文
1527年3月、 バーゼル。 市医。 市が任命した。 大学は認めていなかった。 印刷屋フローベンの脚を治した。 切断を止めた。 エラスムスも診た。 「私は、 あなたの、 腎臓の言葉を、 理解した」。 エラスムスは手紙で。 市医は、 大学で講義する権利があった。
6月5日。 講義の予告を、 壁に貼った。 ラテン語で。 「私は、 ヒポクラテスと、 ガレノスと、 アヴィセンナに従わない」。 「私は、 自分の経験に従う」。 「ドイツ語で講義する」。 学生と、 床屋外科医と、 薬屋。 大学は、 講義を禁じた。 無視した。
6月24日、 聖ヨハネの日。 学生が、 焚き火をする。 パラケルススは、 アヴィセンナの『医学典範』を投げ込んだ。 「ガレノスも」。 「私の靴紐の方が、 彼らより、 多くを知っている」。 「私の髭の毛の方が、 ラテン語の医者より、 多くを知っている」。 「あなたたちは、 私の後に続く。 アヴィセンナよ、 ガレノスよ、 ラーゼスよ、 モンタニャーナよ、 メスエよ」。 薬屋を検査した。 「腐った薬を、 高く売っている」。 薬屋が怒った。 医者が怒った。 学生が、 「カコフラストゥス」と、 壁に。 悪いフラストゥス。 1528年1月、 教会参事会員リヒテンフェルスが、 「治療費100グルデンを、 払わない」。 訴えた。 裁判所は、 6グルデンとした。 パラケルススは、 裁判官を罵った。 「逮捕される」。 夜、 逃げた。 バーゼルに、 10か月。
「体液」ではない。 「病気は、 種子のように、 外から来る」。 「エンス」。 「鉱山労働者の病気」。 1533年頃。 職業病の、 最初の本。 「毒」。 「すべてのものは毒であり、 毒でないものはない。 量だけが、 毒を、 毒でなくする」。 水銀。 梅毒。 アヘン。 「ラウダヌム」。 「化学」。 「イアトロケミストリー」。 医化学。 薬を、 草から、 鉱物へ。 「三原質」。 硫黄、 水銀、 塩。 「大宇宙と小宇宙」。 「医者は、 天文を知らねばならない」。 「錬金術は、 金を作るためでなく、 薬を作るため」。 放浪。 ニュルンベルク、 ザンクト・ガレン、 インスブルック、 ウィーン、 ザルツブルク。 1541年9月24日。 48歳。 「白馬亭」。 頭蓋骨に、 骨折の跡。 「殺された」。 「落ちた」。 分からない。 本は、 ほとんど死後に。 1560年代から。 「パラケルスス主義者」。 ヨーロッパ中で。 「ルターが、 神学でしたことを、 私は、 医学でした」。 そう言った、と。 「ルター派の医者」と、 言われて、 「私は、 どの派でもない」。