概要
オスマンの無敵の評判が地中海で崩れた。ただし帝国そのものはこの後も長く続く。
場所
レパント位置は特定されていない(誤差 ±20km)
38.38°N 21.42°E · ギリシア沖
38.38°N 21.42°E · ギリシア沖
関わった人(1)
フェリペ2世AD1527年5月21日–AD1598年9月13日 · スペイン王本文
ガレー船による、歴史上最後の大規模な海戦になる。
双方あわせて400隻以上、 漕ぎ手を含めて十数万人が参加した。
神聖同盟側が勝った。 オスマンの艦隊はほぼ壊滅する。
ヨーロッパでは大々的に祝われた。 「無敵ではない」ことが示されたためになる。
ただし、戦略的な影響は限られていた。 オスマンは一年で艦隊を再建し、 2年後にキプロスの領有を認めさせている。
大宰相が「われらはそなたらの髭を剃ったが、 そなたらはわれらの腕を切っただけだ」と言ったと伝わる。 髭は生えるが、腕は生えない、と。
参加した兵の一人に、セルバンテスがいた。 左手の自由を失っている。 「右手の栄光のために左手を失った」と後に書いた。
その34年後に『ドン・キホーテ』が出る。
出典(1)
フェルナン・ブローデル(浜名優美 訳) 『地中海』第III部 出来事、政治、人間