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Event / できごと

レパントの海戦

Battle of Lepanto
AD1571年10月7日
重要度 4

概要

オスマンの無敵の評判が地中海で崩れた。ただし帝国そのものはこの後も長く続く。

場所

レパント位置は特定されていない(誤差 ±20km)
38.38°N 21.42°E · ギリシア沖

関わった人(1)

フェリペ2世AD1527年5月21日–AD1598年9月13日 · スペイン王

本文

ガレー船による、歴史上最後の大規模な海戦になる。

双方あわせて400隻以上、 漕ぎ手を含めて十数万人が参加した。

神聖同盟側が勝った。 オスマンの艦隊はほぼ壊滅する。

ヨーロッパでは大々的に祝われた。 「無敵ではない」ことが示されたためになる。

ただし、戦略的な影響は限られていた。 オスマンは一年で艦隊を再建し、 2年後にキプロスの領有を認めさせている。

大宰相が「われらはそなたらの髭を剃ったが、 そなたらはわれらの腕を切っただけだ」と言ったと伝わる。 髭は生えるが、腕は生えない、と。

参加した兵の一人に、セルバンテスがいた。 左手の自由を失っている。 「右手の栄光のために左手を失った」と後に書いた。

その34年後に『ドン・キホーテ』が出る。

出典(1)

フェルナン・ブローデル(浜名優美 訳) 地中海第III部 出来事、政治、人間

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