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Event / できごと

ヘラクレアの戦い

Battle of Heraclea
BC280年
重要度 3

概要

エピロス王ピュロスが南イタリアのギリシア都市に呼ばれ、象20頭でローマ軍を破った。ローマ兵は象を初めて見た。勝ったが失った兵が戻らず、翌年も勝って「もう一度こう勝てば、私は滅びる」。ピュロスの勝利。

場所

ヘラクレア
40.22°N 16.65°E · イタリア・バジリカータ州

関わった人(1)

ピュロスBC319年–BC272年 · 王

本文

タレントゥム。 南イタリアのギリシア都市。 ローマの船がその港に来て、 市民が沈めた。 ローマが使者を送り、 市民が使者のトガに小便をかけた。 戦争。 タレントゥムはエピロスの王を呼んだ。 ピュロス。 2万5000の兵と、 象20頭。 インドの象が、 ギリシアを経て、 イタリアに来た。

BC280年、 ヘラクレア。 シリス川。 執政官ラエウィヌス。 ローマの騎兵が、 ピュロスの騎兵を押した。 ファランクスと軍団が7度ぶつかった。 ピュロスは象を出した。 馬が怯えた。 ローマ軍は崩れた。 死者、 ローマ7000、 ピュロス4000。 ピュロスの4000は、 エピロスから連れてきた古参で、 補充できなかった。

ローマの死者を見て、 ピュロスは言った。 「みな前を向いて倒れている」。 「私がこういう兵を持てば、 世界を取れる」。 講和の使者。 キネアス。 弁論家。 元老院は傾いた。 アッピウス・クラウディウス。 盲目の老人。 輿で運ばれて来て、 「敵がイタリアにいる間は、 講和しない」。 それがローマの決まりになった。

BC279年、 アスクルム。 また勝った。 死者、 ローマ6000、 ピュロス3500。 「もう一度こう勝てば、 私は完全に滅びる」。 プルタルコス。 「ピュロスの勝利」。 BC275年、 ベネウェントゥム。 負けた。 象がローマ軍に追われて、 自軍を踏んだ。 帰った。 ローマは象を凱旋式で引き回した。 南イタリアは、 ローマのものになった。 その9年後、 第一次ポエニ戦争。

同じ時代のできごと

『マハーバーラタ』の成立BC4世紀からAD4世紀にかけて(層が重なっている)『原論』BC300年頃第一次ポエニ戦争BC264年カリンガ戦争とアショーカの改宗BC261年アショーカ王の碑文BC260年頃ミュラエの海戦BC260年長平の戦いBC260年