概要
宋が遼へ毎年銀と絹を送ることで戦争を止めた。屈辱と呼ばれたが、実際には120年の平和を買っている。
場所
澶淵
35.76°N 115.03°E · 中国・河南省濮陽市
35.76°N 115.03°E · 中国・河南省濮陽市
本文
遼が南下し、宋の都に迫った。
宰相が皇帝を前線へ出させ、 士気を上げて押し返した。
そのうえで、講和した。
条件は、宋が遼へ毎年 銀10万両と絹20万匹を送ること。 国境は現状のまま。 両国の君主は兄弟の関係とする。
屈辱的だと批判された。
一方で、額としては 宋の歳入の1〜2パーセントに過ぎない。 戦争を続ける費用より、はるかに安い。
そして、120年の平和が保たれた。
その間に、国境で交易が行われた。 送った銀の多くが、交易を通じて宋へ戻ってきたという指摘もある。
金で戦争を買い戻す、という選択になる。
その平和が、宋の経済と文化の繁栄を支えた。