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Event / できごと

死の舞踏

Danse macabre
1424年 – 1500年
期間を持つできごと重要度 3

概要

墓地の壁に、骸骨が教皇も王も農民も同じ列に引き込む絵が描かれた。黒死病と戦乱の世紀に、死が身分を平らにするという主題が繰り返し現れる。

場所

パリ
48.86°N 2.35°E · フランス

本文

1424年、パリのサン=ジノサン墓地の回廊の壁に、絵が描かれた。 骸骨が、教皇の手を取り、皇帝の手を取り、司教、騎士、商人、農民、子どもと、 身分の順に一人ずつ列に引き入れていく。

下には詩が添えられていた。 呼ばれた者は、断ることができない。

同じ主題が、その後100年でヨーロッパ中に広がった。 教会の壁、木版画、写本の余白。 パリの絵そのものは17世紀に失われ、版画の写しだけが残っている。

背景には、繰り返し戻ってくる黒死病と、長い戦争がある。 死は珍しいものではなく、順番の問題でしかなかった。

ホイジンガはこれを、中世末期の感じ方の代表として扱った。 死が身分を平らにするという考えは、 生前の秩序がどれほど厳格だったかの裏返しにもなる。

出典(1)

ヨハン・ホイジンガ(堀越孝一 訳) 中世の秋第11章(死のイメージ)

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