← 地図で見る
Event / できごと

セウタ攻略

Conquest of Ceuta
AD1415年8月21日
重要度 4

概要

ポルトガルがジブラルタルの向かいのイスラームの港を一日で取った。ヨーロッパがアフリカに足場を持った最初。21歳のエンリケ王子が戦い、以後アフリカの海岸を南へ船を送り続ける。大航海時代の最初の日、と数えることが多い。

場所

セウタ
35.89°N -5.32°E · スペイン(アフリカ側)

関わった人(1)

エンリケ航海王子AD1394年3月4日–AD1460年11月13日 · 王子

本文

ジョアン1世は1385年にアルジュバロータでカスティーリャを破り、 アヴィス王朝を建てた。 息子が三人いた。 ドゥアルテ、ペドロ、エンリケ。 騎士になるための戦争が欲しかった、と年代記は言う。 セウタ。 ジブラルタル海峡の向かい。 サハラの金がここに出てきた。

1415年7月、リスボンとポルトから200隻。 王と三人の王子。 8月21日、朝。 一日で落ちた。 イスラームの守備隊は逃げ、 ポルトガル軍はモスクを教会にし、 略奪した。 翌日、三人の王子が騎士に叙された。 エンリケが最初に城壁に登った、と伝える。

セウタは守るのに金がかかり、 交易は止まり、 1437年にエンリケがタンジールを攻めて失敗し、 弟フェルナンドが人質に取られて獄で死んだ。 セウタを返せば弟は帰ったが、返さなかった。

だがこの日から、 ポルトガルの船はアフリカの海岸を南へ下り続けた。 1419年マデイラ、 1434年ボジャドール岬、 1444年セネガル、 1488年喜望峰、 1498年インド。 ヨーロッパの海外進出は、 このモロッコの港から数える。 セウタはいまもスペイン領で、 アフリカ側にある。

同じ時代のできごと

ハウサ諸都市とカノAD11〜15世紀ニコポリスの戦いAD1396年9月25日北山文化と金閣AD1397年『風姿花伝』AD1400年頃ベニン王国の青銅器AD1400年頃マラッカ王国の成立AD1400年頃アンカラの戦いAD1402年7月20日鄭和の南海遠征1405年