概要
古代から残った唯一の建築書。神殿の柱の様式、都市の計画、水道、時計、投石機。15世紀にザンクト・ガレンで写本が読み直され、ルネサンスの建築家がこれを手本にした。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(1)
ウィトルウィウスBC80年頃–BC15年頃 · 著者本文
マルクス・ウィトルウィウス・ポッリオ。 カエサルの軍で投石機と攻城機を作った。 アウグストゥスの姉オクタウィアが年金を取り次いだ。 ファヌム(ファーノ)にバシリカを一つ建てたと自分で書く。 残っていない。
10巻。 建築家の教養、都市の選地と城壁、 材料、神殿と柱の様式、 公共建築、住宅、内装、 水道、日時計と水時計、機械。 「フィルミタス、ウティリタス、ウェヌスタス」。 強さ、用、美。
ドリス式は男の体の比例、 イオニア式は女の、 コリント式は少女の。 コリント式の起源は、少女の墓に置いた籠にアカンサスが絡んだのを 彫刻家カリマコスが見た、と。
第3巻。 人は臍を中心に手足を広げると円に収まり、 身長と両手の幅は等しくて正方形に収まる。 レオナルドが1490年頃にそれを描いた。 「ウィトルウィウス的人体図」。
アルキメデスが浴槽で「エウレカ」と叫んだ話も、 この本の第9巻にしか出てこない。
1414年、ポッジョ・ブラッチョリーニがザンクト・ガレンで写本を見つけた。 アルベルティが読んで『建築論』を書き、 1486年に印刷され、 1521年にイタリア語の図入りの版が出た。 パッラーディオもセルリオも、これで柱の比例を学んだ。 ローマの建物のほとんどが失われたあと、 その作り方だけが、この本で残った。