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Event / できごと

ヴィジャヤの陥落

Fall of Vijaya
AD1471年
重要度 3

概要

大越の黎聖宗が20万で攻め、チャンパの都を落とした。6万が殺され、3万が連れ去られたと伝わる。チャンパは南の一角に縮み、以後戻らない。

場所

ヴィジャヤ(チャー・バン)
13.90°N 109.10°E · ベトナム・ビンディン省

本文

チャンパは1000年から大越に押され続けていた。 都はインドラプラからヴィジャヤへ、南へ下がった。

1470年、大越の黎聖宗が親征した。 陸と海から20万と伝わる軍を出し、 翌年の春にヴィジャヤを落とした。 6万が殺され、王と3万が捕虜として連れ去られたと、大越側は書いている。

チャンパはパーンドゥランガ(いまのファンラン)の一角に縮んだ。 そこから北へ戻ることは、二度となかった。 1832年、阮朝がその残りも取り込んだ。

チャム人はいまもベトナム中南部とカンボジアにいる。 ヒンドゥーとイスラームに分かれ、 塔(カラン)の廃墟が海沿いに並んでいる。

同じ時代のできごと

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