概要
対等な国どうしとして始まり、王は洗礼を受けて使節を送った。だが奴隷貿易が国を内側から壊していく。
場所
ンバンザ・コンゴ
-6.27°N 14.25°E · アンゴラ・ザイーレ州
-6.27°N 14.25°E · アンゴラ・ザイーレ州
本文
最初の接触は、対等な国どうしとしてのものだった。
コンゴ王はポルトガルへ使節を送り、 自ら洗礼を受け、息子をリスボンとローマへ留学させた。 その息子は1518年、 サハラ以南のアフリカ人として初めて司教に叙されている。
求めたのは、宣教師と、職人と、医者だった。 建築、印刷、造船の技術を欲しがっている。
来たのは、主に人を買い付ける商人だった。
王の統制を通さない取引が広がり、 内陸から人が集められ、 王国の秩序そのものが崩れていく。
1526年、王アフォンソ1世が 「私の国が空になってしまう」と書き送る。 返事は来たが、売買は止まらなかった。
対等に始まった関係が、 100年で一方が一方から人を運び出す関係になった。
出典(1)
ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン(鬼澤忍 訳) 『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源』第9章 後退する発展