概要
藩を廃して県を置いた。260年続いた分権の仕組みが一日で消え、中央集権国家になる。
場所
江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
関わった人(2)
大久保利通1830年–1878年 · 主導木戸孝允1833年–1877年 · 主導本文
1871年7月、在京の知藩事を呼び出して詔書を読み上げた。 藩を廃し、県を置く。知藩事は解任し、東京在住とする。
260年続いた分権の仕組みが、一日で消えた。
抵抗はほとんど無かった。 理由の一つは、多くの藩が財政破綻寸前だったことになる。 戊辰戦争の出費と借金を、政府が引き受ける形になった。 手放したい側もいた。
もう一つは、薩摩・長州・土佐から集めた御親兵が 東京にいたことになる。武力の裏付けがあった。
3府302県から始まり、統合されて3府72県、 さらに今の形に近づいていく。