概要
内戦下の先住民への弾圧を、口述による本で世界に伝えた。1992年にノーベル平和賞。のちに細部の食い違いが指摘され、証言文学とは何かという議論になる。
場所
ティカル
17.22°N -89.62°E · グアテマラ
17.22°N -89.62°E · グアテマラ
関わった人(1)
リゴベルタ・メンチュウAD1959年1月9日–? · 証言本文
1982年、パリで一週間の聞き取りが行われた。
人類学者エリザベス・ブルゴスが記録した。
キチェ・マヤの23歳が語った。
高地の畑と海岸のプランテーションを行き来する暮らし。
弟が栄養失調で死んだこと。
父が大使館占拠事件で焼死したこと。
母と弟が軍に殺されたこと。
翌年、本になった。
『私の名はリゴベルタ・メンチュウ』。
内戦下の弾圧を、世界が知る入口になった。
1992年、ノーベル平和賞。
コロンブス到達から500年の年になる。
1999年、人類学者デヴィッド・ストールが 細部の食い違いを指摘した。
弟の死の場面を本人が見ていない、 学校に行っていた時期がある、など。
本人は、自分だけの話ではなく 共同体の経験を語ったと答えている。
証言文学とは何か、 誰が誰のために語るのか。
その議論が、そこから始まった。