概要
ナイジェリア東部が分離を宣言し、3年で100万から200万が死んだ。その多くが飢餓による。飢えた子どもの写真が世界に流れ、国境なき医師団が生まれる契機になった。
場所
エヌグ
6.44°N 7.50°E · ナイジェリア
6.44°N 7.50°E · ナイジェリア
関わった人(1)
チヌア・アチェベAD1930年11月16日–AD2013年3月21日 · 独立側を支持した本文
ナイジェリア東部が、分離を宣言した。
背景に、民族と石油がある。
北のハウサ・フラニ、西のヨルバ、東のイボ。 植民地期に一つの国にまとめられた。
北で、イボ人への虐殺が起きた。 数万人が殺され、100万人が東へ逃れる。
そして、東部には石油がある。
分離を宣言し、3年戦った。
ナイジェリア政府は、海と陸を封鎖した。
飢餓が起きる。
死者100万から200万。その多くが飢えによる。
飢えた子どもの写真が世界に流れた。
赤十字が、中立の原則から 政府の許可なく入れないと判断した。
それに疑問を持った医師たちが、 後に国境なき医師団を作る。
「証言する」ことを活動に含める組織になった。