概要
ヒンドゥーの藩王が治めるムスリム多数の地域だった。分離のとき帰属を決めかね、その隙に紛争になる。三度の戦争を経て、いまも分割線のまま決着していない。
場所
カシミール位置は特定されていない(誤差 ±80km)
34.08°N 74.80°E · インド・パキスタン・中国が領有を争う
34.08°N 74.80°E · インド・パキスタン・中国が領有を争う
本文
ヒンドゥーの藩王が治める、ムスリム多数の地域だった。
分離のとき、藩王は帰属を決めかねた。
独立を保ちたかったとされる。
パキスタン側から部族勢力が侵入した。
藩王がインドに助けを求め、 インドへの帰属を条件に軍が送られた。
その帰属の有効性が、いまも争われている。
国連が住民投票を決議した。 行われていない。
三度の戦争が起きた。
1949年に引かれた停戦ライン(後の管理ライン)が、 事実上の国境になっている。
中国も一部を実効支配している。
三つの核保有国が接する場所になる。
住民の意思を問う枠組みは、 70年以上、作られていない。