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Event / できごと

ビルマの独立

Independence of Burma
AD1948年1月4日
重要度 3

概要

イギリスと独立の約束を取り付け、少数民族と連邦制で合意した指導者は、その半年前に閣議の最中に暗殺されていた。パンロンの約束は守られず、いまも紛争が続く。

場所

ヤンゴン(ラングーン)
16.84°N 96.17°E · ミャンマー

関わった人(1)

アウンサンAD1915年2月13日–AD1947年7月19日 · その半年前に暗殺された

本文

アウンサンは、日本軍と組んで戻り、 日本が独立を与える気が無いと分かって寝返った。

戦後、イギリスと交渉した。

1947年1月、アトリー首相と合意する。

1年以内の独立。

2月、パンロンで少数民族の代表と会議を開いた。

シャン、カチン、チン。

連邦制で自治を保障し、 10年後に離脱の権利を認める。

その合意で、国がまとまるはずだった。

7月19日、閣議の最中に武装した一団が入り、 アウンサンと閣僚6人が射殺された。

32歳。

1948年1月4日、独立した。

日の出の時刻を占って決めた、と伝わる。

パンロンの約束は守られなかった。

離脱の権利は憲法から実質的に消え、 少数民族との紛争がその年のうちに始まる。

いまも続いている。

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