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Event / できごと

世界人権宣言

Universal Declaration of Human Rights
AD1948年12月10日
重要度 5

概要

二つの大戦とホロコーストのあとで、国連総会が48か国の賛成、反対なしで採択した。拷問の禁止、奴隷の禁止、法の前の平等。守られない国は多いが、基準はここで書かれた。

場所

パリ
48.86°N 2.35°E · フランス

本文

1948年12月10日、パリのシャイヨ宮で、国連総会が採択した。 賛成48、反対0、棄権8。 棄権したのはソ連とその陣営、南アフリカ、サウジアラビアになる。

起草委員会の議長はエレノア・ルーズベルト。 中国の張彭春、レバノンのシャルル・マリク、フランスのルネ・カサンが条文を作った。 西洋の文書だと言われることが多いが、起草した側は最初からそれを気にしていた。

30条。 すべての人は生まれながらに自由で平等である、から始まる。 拷問の禁止、奴隷の禁止、法の前の平等、思想と信仰の自由、教育を受ける権利。

条約ではないので、拘束力は無い。 それでも、その後の人権条約と各国の憲法の多くが、この文書を写している。

『暴力の人類史』は、これを権利革命の起点に置く。 守られない国が多いことは、本も認めている。 基準が書かれたことと、守られることは別になる。

出典(1)

スティーブン・ピンカー(幾島幸子、塩原通緒 訳) 暴力の人類史第7章 権利革命

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