概要
二度とも暴風雨で元の船団が壊れた。勝っても分け与える土地が無く、御家人の不満が幕府を蝕む。
場所
博多
33.59°N 130.40°E · 日本・福岡県
33.59°N 130.40°E · 日本・福岡県
関わった人(2)
北条時宗AD1251年–AD1284年 · 執権フビライ・ハンAD1215年–AD1294年 · 元側本文
二度とも、暴風雨で元の船団が壊れた。
「神風」と呼ばれる。
近年の海底調査で、 沈んだ船の構造に問題があったことが分かってきた。 急造で、川船を転用したものが混じっていた。
一度目(文永の役)は、 そもそも威力偵察の性格が強かったという見方もある。
二度目(弘安の役)は、 14万という大軍だったが、 博多湾に築かれた石塁で上陸を阻まれ、 海上で待機している間に台風に遭った。
問題は、その後になる。
防いだだけで、得た土地が無い。
御家人は自弁で戦った。 恩賞を求めたが、分けるものが無い。
その不満が、幕府への信頼を蝕む。
50年後、鎌倉幕府は倒れる。
出典(1)
網野善彦 『日本の歴史をよみなおす』第2章 貨幣と商業・金融(銭が入ってくる時代)