概要
ピレネーの村の住民が、カタリ派の疑いで一人ずつ尋問された。その調書に、羊飼いの恋愛も、隣人の噂も、死後の世界の考えも残った。中世の村の暮らしを内側から読める、ほとんど唯一の史料になる。
場所
モンタイユー
42.81°N 1.99°E · フランス・アリエージュ県(ピレネー)
42.81°N 1.99°E · フランス・アリエージュ県(ピレネー)
本文
1318年から1325年まで、パミエの司教ジャック・フルニエは、 異端の疑いのある人びとを呼んで尋問した。 対象は、ピレネーの山の村モンタイユーとその周辺になる。
司教は几帳面だった。 供述をラテン語に訳して書き取らせ、読み上げて確認させ、署名させた。 のちに教皇ベネディクトゥス12世になる人物で、 その記録は教皇庁の文書として残った。
異端を探すには、日常を知る必要がある。 だから調書には、異端の教義だけでなく、村の暮らしが丸ごと入っている。 誰の家に誰が泊まったか。羊をどの峠へ追ったか。 誰が誰と寝て、村がそれをどう噂したか。 死んだ人の魂はどこへ行くと思っているか。
登場する村人は200人を超える。 一人ひとりの言葉が、名前つきで残っている。
600年後、ル・ロワ・ラデュリがこれを一冊の本にした。 中世の村を、外からではなく内側から書けた、ほとんど唯一の例になる。
出典(1)
エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ(井上幸治ほか 訳) 『モンタイユー ピレネーの村 1294-1324』全篇