概要
東アフリカの港市がアラビア・インド・中国と結ばれた。スワヒリ語はこの交易の中で育つ。
場所
キルワ
-8.96°N 39.51°E · タンザニア
-8.96°N 39.51°E · タンザニア
本文
スワヒリ海岸の港市のうち、 14世紀に最も栄えたのがキルワになる。
南のソファラから金を集め、 インド洋の交易網へ流す位置を押さえた。
イブン・バットゥータが訪れ、 「世界で最も美しい町の一つ」と書いた。 石とサンゴで建てられた宮殿(フスニ・クブワ)の跡が残る。
独自の銅貨を発行した。 オーストラリア北岸で見つかった硬貨が キルワのものだという主張があるが、決着していない。
16世紀にポルトガルが来て、 砲撃し、略奪し、砦を建てた。 交易路が武力で押さえられる時代に入る。
栄えていた数百年は、 どの国にも属さない港市の連なりだった。
出典(1)
ジャネット・L・アブー=ルゴド(佐藤次高ほか 訳) 『ヨーロッパ覇権以前 もうひとつの世界システム』第III部 アジア(インド洋)