概要
マルコ・ポーロが世界最大の港の一つと書いた町。ムスリムの商人が数万人住み、モスクとヒンドゥー寺院とマニ教の像が並んでいた。
場所
泉州
24.87°N 118.68°E · 中国・福建省
24.87°N 118.68°E · 中国・福建省
本文
宋と元の時代、福建の泉州は世界有数の港だった。 マルコ・ポーロは「ザイトン」と書き、 胡椒を積んだ船がアレクサンドリアへ一隻行くあいだに、 ここへは百隻来る、と記している。
市舶司という役所が置かれ、関税が国の重要な収入になった。 住んでいたのは中国人だけではない。 アラブとペルシアのムスリム商人が数万人、 インド人、ユダヤ人、アルメニア人。 モスクが建ち、ヒンドゥーの神像が彫られ、 マニ教の教主の石像がいまも郊外の丘に残っている。
元の末期、1357年から10年続いた争乱で外国人の共同体が壊れ、 明が海禁を敷いて、港は静かになった。
いま、泉州の博物館には、 アラビア文字とパスパ文字と漢字の墓碑が並んでいる。
『ヨーロッパ覇権以前』は、この港を13世紀の世界システムの東の端に置いた。 西の端はシャンパーニュの大市になる。
出典(2)
ジャネット・L・アブー=ルゴド(佐藤次高ほか 訳) 『ヨーロッパ覇権以前 もうひとつの世界システム』第III部 アジア(中国)
ウィリアム・バーンスタイン(鬼澤忍 訳) 『交易の世界史 シュメールから現代まで』第4章(インド洋と中国)