概要
スラヴ人が争いをやめるために、ヴァリャーグを招いて君主にしたと年代記は語る。北から南へ、川を辿って交易の道が開く。
場所
ノヴゴロド
58.52°N 31.28°E · ロシア
58.52°N 31.28°E · ロシア
本文
『原初年代記』が語る。
スラヴ人とフィン系の部族が、 ヴァリャーグに貢納していた。
追い出した。
そのあと、互いに争って収まらなくなった。
そこで、こう言って招いた。
「われらの地は広く豊かだが、秩序が無い。 来て、われらを治めてくれ」。
リューリクが来た。
862年。
この記述は、200年以上あとに書かれている。
外から支配者を招いたという話が、 どこまで史実かは議論されてきた。
ロシアとソ連の歴史学で、政治的な争点になった。
考古学が示すのは、交易になる。
北欧の品と、アラブの銀貨。
ノヴゴロドとその周辺から、 中央アジアで鋳造された銀貨が大量に出る。
毛皮と蜜蝋と奴隷を南へ売り、銀を得た。
ドニエプル川を下れば、黒海とコンスタンティノープル。
その道を握った人びとが、キエフ・ルーシになる。