概要
ガズナ朝の17回目の遠征。持ち帰られた富がガズナを学芸の都にした一方、この記憶はインドで千年語り継がれ、いまも政治に使われている。
場所
ソムナート
20.89°N 70.40°E · インド・グジャラート州
20.89°N 70.40°E · インド・グジャラート州
関わった人(1)
マフムード・ガズナウィーAD971年–AD1030年 · 遠征本文
グジャラートの海岸にある、シヴァを祀る寺院になる。
マフムードの17回目の遠征で襲われた。 持ち帰られた富の額は、史料によって幅が大きい。
象徴として語られてきた。
ペルシア語の年代記は、 偶像を打ち砕いた英雄の行いとして書いた。 実際より誇張されている可能性が高い。
イギリスの植民地期に、 この事件がヒンドゥーとムスリムの 永続的な対立の証拠として持ち出された。 1842年、イギリス総督が 「800年の恥辱を雪ぐ」と称して門を持ち帰らせている。 その門は、実は関係の無いものだった。
独立後のインドで寺院は再建され、 その落成をめぐって首相と大統領が対立した。
千年前の一度の略奪が、 いまも政治の言葉として使われ続けている。
歴史の記憶が、どう作られ、どう使われるかの例になる。