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Event / できごと

涙の道

Trail of Tears
1830年 – 1850年
期間を持つできごと重要度 5

概要

南部の五つの部族が、法律で西へ移された。チェロキーは最高裁で勝訴したが、大統領が判決を無視した。移動の途中で4000人以上が死んでいる。

場所

ニュー・エコタ
34.54°N -84.91°E · アメリカ合衆国・ジョージア州(チェロキー国の首都跡)

本文

1830年、インディアン移住法が議会を通った。上院で1票差になる。

南部の五つの部族が対象になった。 チェロキー、クリーク、チカソー、チョクトー、セミノール。 どれも農耕を営み、文字を持ち、憲法を書き、新聞を出していた。 「文明化した五部族」と呼ばれていたのは、白人の側の基準に合わせていたからになる。

それでも土地は欲しがられた。ジョージアで金が出たのが決定的だった。

チェロキーは裁判で争い、1832年に最高裁で勝った。 連邦法が州法に優先し、部族の自治は認められる、という判決になる。 ジャクソン大統領は執行しなかった。

1838年、軍が家々を回って人を集め、柵の中に入れ、西へ歩かせた。 1000マイル。冬にかかった。 チェロキーだけで4000人以上が途中で死んだとされる。

移された先のオクラホマも、のちに白人の入植地として開かれる。

チェロキー語で、この移動は「我々が泣いた道」と呼ばれる。

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