概要
東アフリカから連れてこられた奴隷が、イラク南部の塩田で15年反乱した。バスラを落とし、独自の都を建てる。イスラーム世界最大の奴隷反乱になる。
場所
バスラ
30.51°N 47.78°E · イラク
30.51°N 47.78°E · イラク
本文
イラク南部の湿地帯で、塩田を作らせていた。
東アフリカから連れてこられた奴隷になる。
ザンジュと呼ばれた。
土を運び、硝石を集める。
数万人が、劣悪な条件で働いていた。
869年、アリー・ブン・ムハンマドという男が 彼らに解放を約束して蜂起した。
自分をアリーの子孫だと名乗った。
塩田の奴隷が集まった。
湿地は、正規軍が入れない。
バスラを落とした。
住民が虐殺され、大モスクが焼かれる。
独自の都を建てた。
15年続いた。
アッバース朝は、ビザンツと戦い、 エジプトが離れ、内部で争っていた。
883年、摂政ムワッファクが本腰を入れて鎮圧する。
イスラーム世界で最大の奴隷反乱になる。
その後、この地域では 大規模な奴隷の農業労働は行われなくなった。