概要
11年でギリシアからインダス川まで到達し、アケメネス朝ペルシアを滅ぼした。
関わった人(1)
アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · マケドニア側 · 総指揮本文
11年で、ギリシアからインダス川まで到達した。
一度も会戦で負けていない。
やり方に共通するのが、 決定的な一点に自ら騎兵を率いて突っ込むことになる。 王が最前線にいる。何度も負傷している。
征服した後の処置も特徴的だった。 ペルシアの官僚をそのまま使い、 ペルシアの服装を取り入れ、 部下にペルシア女性との結婚を勧めた。
マケドニア人の将軍たちは反発した。 何のために戦ったのか、と。
各地に「アレクサンドリア」を建てた。 20を超える。
インダスまで来たところで、兵が動かなくなった。 8年、故郷を見ていない。
帰路の砂漠で多くを失い、 バビロンで32歳で死んだ。
出典(1)
ウィリアム・H・マクニール(増田義郎、佐々木昭夫 訳) 『世界史』第II部 諸文明間の平衡状態(BC500〜AD1500年)