概要
労働者の支持で政権に就き、南米のポピュリズムの原型になった。いまも評価が割れる。
場所
ブエノスアイレス
-34.60°N -58.38°E · アルゼンチン
-34.60°N -58.38°E · アルゼンチン
本文
労働者の支持で政権に就いた。
労働省の次官として、 賃上げと社会保障を進めていた。
軍部に警戒されて逮捕されると、 数十万人が広場に集まって釈放を求めた。
その日が、いまもペロン主義の記念日になる。
妻エビータの役割が大きい。 ラジオで語りかけ、財団を通じて支援を配った。 女性参政権も実現させている。
政策は、 国有化、社会保障、賃上げ、そして輸入代替工業化になる。
左とも右とも分類しにくい。 本人は「第三の道」と呼んだ。
経済は、初期に成功し、後に行き詰まる。
軍のクーデターで追放され、 18年後に帰国して再び大統領になった。
その1年後に死んだ。
いまもアルゼンチンの政治は、 ペロン主義かどうかで分かれている。