概要
ローマの軍団が、マケドニアのファランクスを丘の上で破った。長槍の密集隊は横から崩れた。翌年フラミニヌスはコリントスで「ギリシアの自由」を宣言し、歓声で鳥が落ちたと伝わる。自由は、ローマの許す限りだった。
場所
39.42°N 22.55°E · ギリシア・テッサリア
関わった人(1)
フラミニヌスBC229年–BC174年 · 総指揮本文
第二次マケドニア戦争。 フィリッポス5世は、 BC215年に、 ハンニバルと同盟していた。 ローマは、 忘れなかった。 BC200年、 宣戦。 BC198年、 執政官ティトゥス・クィンクティウス・フラミニヌス。 30歳。 ギリシア語を、 話した。 「ギリシア人を、 マケドニアから、 自由にする」。 アイトリア同盟が、 ついた。 アカイア同盟も。
BC197年6月。 テッサリア。 「犬の頭」。 キュノスケファライ。 丘の連なり。 霧。 両軍が、 偶然、 ぶつかった。 フィリッポスは、 右翼を先に、 丘の上に上げた。 ファランクス。 16列。 5.5メートルの槍。 丘を下って、 ローマの左翼を押した。 左翼は、 まだ、 丘を登っている途中だった。 隊列が、 崩れたまま、 戦った。 フラミニヌスは、 右翼へ。 象。 ローマの象。 カルタゴから、 取ったもの。 マケドニアの左翼は、 まだ、 隊列を組んでいなかった。 崩れた。 一人の、 軍団将校。 名前は、 残っていない。 20の中隊(マニプルス)を、 右翼から、 引き抜いて、 丘を回って、 勝っている方の、 ファランクスの背後に。 ファランクスは、 向きを変えられない。 槍が、 邪魔で。 崩れた。 8000が死んだ。 5000が捕虜。 ローマ、 700。
ポリュビオスは、 ここで、 軍団と、 ファランクスを、 比べた。 「ファランクスは、 平地で、 正面から、 無敵。 だが、 地形が、 乱れると、 隙間ができる。 軍団は、 隙間に、 入る」。 「軍団は、 どこでも、 どの向きにも、 戦える」。
BC196年、 イストミア祭。 コリントス。 使者が、 競技場で、 読み上げた。 「ローマの元老院と、 執政官ティトゥス・クィンクティウスは、 マケドニアの王フィリッポスを、 破ったので、 以下の都市を、 自由とし、 守備隊を置かず、 貢納を課さず、 自らの法で、 治めさせる」。 コリントス、 フォキス、 ロクリス、 エウボイア、 テッサリア。 歓声。 「鳥が、 落ちた」。 プルタルコス。 「烏が、 声で、 落ちた」。 フラミニヌスは、 群衆に、 囲まれて、 窒息しかけた。 BC194年、 ローマ軍は、 ギリシアから、 全部、 引き上げた。 「本当に、 自由だ」。 BC146年、 コリントスは、 ローマに、 焼かれた。 50年。