概要
実用書以外の書を焼き、儒者を穴に埋めたと伝えられる。記述の実態には議論がある。
場所
咸陽
34.33°N 108.71°E · 中国・陝西省
34.33°N 108.71°E · 中国・陝西省
関わった人(1)
始皇帝BC259年–BC210年 · 当人本文
実用書以外を焼き、儒者を穴に埋めたと伝わる。
『史記』の記述による。
焼く対象から外されたのは、 医薬、占い、農業の書と、秦の記録になる。
理由として書かれているのは、 学者が古を持ち出して今を批判するから、というものになる。
「坑儒」のほうは、 方士(不老不死の薬を探す術者)460人余りを 生き埋めにしたという記述になる。 儒者に限らない。
記述の実態には議論がある。 漢が前王朝を悪く書く動機を持っていたこと、 博士官の手元には書が残されたことが指摘される。
一方、項羽が咸陽を焼いたときに 宮中の蔵書が失われたという指摘もある。
失われた書の量が、どちらの側でどれだけかは、 確かめようがない。
出典(1)
司馬遷 『史記』秦始皇本紀