概要
アルキメデスの仕掛けが2年ローマ軍を退けたが、陥落時に本人は兵に殺された。
場所
シュラクサイ
37.08°N 15.29°E · イタリア・シチリア州シラクーサ
37.08°N 15.29°E · イタリア・シチリア州シラクーサ
関わった人(2)
アルキメデスBC287年頃–BC212年 · シュラクサイ側 · 防衛マルケルスBC270年–BC208年 · ローマ側の指揮本文
シュラクサイはそれまでローマ側だったが、 王が代替わりしてカルタゴに付いた。 ローマは海と陸から包囲する。
アルキメデスは70歳を超えていた。 投石機、船を吊り上げる鉤(かぎ)、 射程を調整できる弩。 史料の言う「鏡で船を焼いた」装置は、 再現の試みがことごとく失敗しており、後世の脚色とされる。
2年持ちこたえたが、祭りの夜に城壁を越えられて落ちた。 将軍マルケッルスはアルキメデスを生かして連れて来いと命じていた。 砂に図形を描いていた老人が、 兵に「私の円を壊すな」と言って殺されたと伝わる。
この話も、複数の版がある。