概要
等身大の兵士8000体が、皇帝の陵の東を守っている。一体ずつ顔が違う。1974年、井戸を掘った農民が見つけた。陵そのものはまだ開けられていない。
場所
驪山(兵馬俑)
34.38°N 109.28°E · 中国・陝西省西安市
34.38°N 109.28°E · 中国・陝西省西安市
本文
始皇帝は、即位した13歳のときから陵を作らせていた。
37年。
70万人が働いたと『史記』は書く。
1974年、西安の東の村で農民が井戸を掘った。
陶器の破片が出た。
人の形をしていた。
等身大の兵士が、数千体。
歩兵、弓兵、騎兵、御者、将軍。
一体ずつ顔が違う。
型は共通で、顔と髪を個別に仕上げている。
もとは彩色されていた。
掘り出して空気に触れると、数分で剥がれた。
だから、掘るのを止めている。
青銅の剣が錆びていなかった。
クロムの皮膜があった、という説と、 土の性質だ、という説がある。
陵そのものは、まだ開けていない。
『史記』は、水銀の川と海があると書く。
土壌から高い濃度の水銀が出ている。
守っている軍は、東を向いている。
滅ぼした六国の方向になる。