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Event / できごと

オムドゥルマンの戦い

Battle of Omdurman
AD1898年9月2日
重要度 4

概要

機関銃を持つ軍が、持たない軍を一方的に破った。技術の差が植民地化の速さを決めた例。

場所

オムドゥルマン
15.64°N 32.48°E · スーダン

本文

イギリス軍が、マフディー国家の軍を破った。

数ではマフディー側が多かった。

だが、マキシム機関銃と、 射程の長いライフルと、砲艦があった。

戦闘は数時間で終わった。

死者の数が、極端に違う。 マフディー側が1万以上、イギリス側が50人未満。

戦いというより、一方的な殺戮になっている。

ヒレア・ベロックの詩に、 「何が起ころうと、我らにはマキシム砲がある。彼らには無い」 という一節がある。

参加した若い将校の一人に、 チャーチルがいた。 騎兵突撃に加わり、その体験を本に書いている。

技術の差が、植民地化の速さを決めた。

同じ年、アドワではイタリアが敗れている。 差が絶対ではないことも、そこで示されている。

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