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Event / できごと

ビキニ環礁の核実験

Nuclear tests at Bikini Atoll
1946年 – 1958年
期間を持つできごと重要度 4

概要

住民は移住させられ、いまも帰れない。1954年の実験では日本の漁船も被曝した。

場所

ビキニ環礁
11.60°N 165.40°E · マーシャル諸島

本文

住民167人が、移住させられた。

軍が「人類の福祉と戦争の終結のため」と説明し、 一時的なものだと伝えたとされる。

23回の実験が行われた。

1954年のブラボー実験は、 予測の2.5倍の威力になった。

風向きの計算も外れ、 放射性降下物が広い範囲に落ちた。

160キロ離れた海域にいた第五福竜丸が被曝した。 無線長の久保山愛吉が半年後に死亡する。

日本で反核運動が広がる契機になった。

近隣の環礁の住民も被曝した。

除染の後、一部の住民が帰還したが、 体内の放射性物質の値が高く、再び避難した。

いまも帰れない。

環礁の名は、水着の名として残っている。 命名は実験の4日後になる。

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