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Event / できごと

仏教の日本伝来

Buddhism reaches Japan
AD538年(552年説もある)
年に諸説あり重要度 4

概要

百済から仏像と経典が伝わった。受け入れるかどうかで豪族が割れ、国の形をめぐる争いになる。

場所

飛鳥
34.47°N 135.82°E · 日本・奈良県

本文

百済の聖明王から仏像と経典が贈られた。 538年説と552年説があり、決着していない。

問題になったのは信仰の中身ではない。 「他国の神を拝めば、この国の神が怒る」という筋で争われた。 蘇我氏が受け入れを主張し、物部氏が反対する。

疫病が流行ると、それみたことかと仏像は難波の堀江に捨てられた。 それでも流行が止まらないと、また戻される。 これが何度か繰り返される。

587年、蘇我馬子が物部守屋を滅ぼして決着した。 以後、仏教は国家の事業になる。 寺を建てることが、豪族の力を示す方法になった。

もう一つ入ってきたのが、文字と暦と建築の技術だった。 仏教を受け入れるとは、 それに付いてくる制度と技術を丸ごと受け入れることでもあった。

同じ時代のできごと

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