概要
教皇が聖地の回復を呼びかけた。以後200年、ヨーロッパと西アジアが繰り返しぶつかる。
場所
クレルモン
45.78°N 3.09°E · フランス
45.78°N 3.09°E · フランス
本文
ビザンツ皇帝が傭兵の派遣を求めてきた。 セルジューク朝に押されていたためになる。
教皇ウルバヌス2世は、それを別のものに変えた。 クレルモンの公会議で、 聖地エルサレムの回復を呼びかけた。
呼びかけの中身には、いくつかの動機が重なっている。 東西教会の分裂を修復したい。 ヨーロッパ内部の私闘を外へ向けたい。 教皇の権威を示したい。
演説の記録は5種類あり、内容が食い違う。 すべて出来事の後に書かれている。 「デウス・ウルト(神がそれを望む)」の叫びも、 どこまで実際かは分からない。
参加した動機も一様ではない。 信仰、贖罪、領地、略奪。 罪の赦しが約束されたことが大きかったとされる。
数万人が動いた。 以後200年、この往復が続く。
出典(2)
アンナ・コムネナ 『アレクシアス』第10巻・第11巻
エドワード・W・サイード(今沢紀子 訳) 『オリエンタリズム』第1章 オリエンタリズムの領域(イスラームという「脅威」の記憶)