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Event / できごと

チャンパとミーソン

Champa and My Son
AD4世紀から14世紀にかけて
年に諸説あり重要度 3

概要

ベトナム中部にあった、ヒンドゥーを奉じる海洋国家になる。赤煉瓦の塔が谷に並ぶ。ベトナム戦争の爆撃で多くが失われた。チャム人はいまも少数民族として暮らしている。

場所

ミーソン
15.76°N 108.12°E · ベトナム・クアンナム省

本文

ベトナム中部にあった、ヒンドゥーを奉じる海洋国家になる。

チャム人はオーストロネシア語族で、 北のベトナム人(キン族)とは系統が違う。

海の交易で栄えた。 時に海賊も行っている。

ミーソンに、赤煉瓦の塔が谷に並ぶ。

煉瓦の積み方が特徴的で、 モルタルの跡がほとんど見えない。 どう接着したのか、いまも分かっていない。

樹脂を使ったという説がある。

北のベトナムに、少しずつ押された。

15世紀に首都が陥落し、 19世紀に完全に併合される。

ベトナム戦争で、 アメリカの爆撃により多くの塔が失われた。

70以上あったうち、20ほどが残る。

チャム人はいま、 ベトナムとカンボジアで少数民族として暮らしている。

同じ時代のできごと

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