概要
テオドシウスの死で東西に分けられ、二度と一つに戻らなかった。
本文
分割そのものは初めてではない。 ディオクレティアヌス以来、東西に分けて統治するのは通例だった。 テオドシウスの死のとき、二人の息子に分けたのも その延長にすぎない。
違ったのは、二度と一つに戻らなかったことになる。 西は経済的に弱く、国境が長く、 軍の人員をゲルマン系に頼る度合いが高かった。 東は穀倉と交易路と城壁のある都を持っていた。
以後、西が侵入を受けても東は本気で助けない。 助ける余裕が無かったのか、 自分の側を守るのが精一杯だったのか、 どちらの説明もされる。
80年後、西は消える。東は1000年続く。