概要
アイルランドの王族の僧が、12人と小舟でスコットランドの小島に渡り、修道院を建てた。ピクト人を改宗させ、ここからノーサンブリアへ布教が延びる。『ケルズの書』はこの島で書かれ始めたとされる。
場所
アイオナ島
56.34°N -6.42°E · スコットランド
56.34°N -6.42°E · スコットランド
関わった人(1)
コルンバAD521年12月7日–AD597年6月9日 · 創設本文
コルンバはアイルランド北部の王族の出で、 ウイ・ネイル氏の血を引いていた。 修道士になり、修道院をいくつも建てた。
563年にアイルランドを出た理由は、 伝記によって違う。 師フィニアンの詩篇の写本を無断で写し、 王が「牛の子は牛のもの、本の子は本のもの」と裁定し、 コルンバの一族が怒って戦争になり、 3000人が死んだ。 その償いに、死者の数だけの魂を異国で救うと誓って出た、と。
12人の弟子と、革張りの小舟で海を渡り、 スコットランドの西の小さな島に着いた。 アイオナ。 5キロ×2キロ。 ダルリアダのゲール人の王が土地を与えた。
そこから北へ、ピクト人の王ブリデイを訪ね、 その城の門が魔法で開き、 ネス川で怪物を退けた、と伝記に書かれている。 ネス湖の怪物の最初の記録になる。
アイオナはスコットランドとノーサンブリアへの布教の基地になった。 635年、アイオナからエイダンがリンディスファーンへ行き、 ノーサンブリアをキリスト教にした。 『ケルズの書』はここで書き始められ、 ヴァイキングに三度襲われて、 アイルランドのケルズに移された。
コルンバは597年6月9日、島で死んだ。 同じ年、ローマからアウグスティヌスがケントに着いた。 アイルランドの側とローマの側が、 同じ島の両端から入ってきた年になる。