概要
帝国内の自由人全員にローマ市民権を与えた。相続税の対象を増やすためだったという見方がある。ローマ人と属州民の区別が、この日に消えた。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
本文
一枚のパピルスの断片が、 その文面を伝えている。
帝国内のすべての自由人に、ローマ市民権を与える。
それまで、市民権は特権だった。
イタリア人、退役兵、有力者、 そして皇帝が認めた者。
属州の住民の大半は持っていない。
一夜で、それが消えた。
理由は書かれていない。
同時代の歴史家カッシウス・ディオは、 相続税と奴隷解放税が市民だけにかかるので、 税収を増やすためだったと書いた。
軍の給与を上げていた皇帝になる。
もう一つ、市民権の意味が薄れていたことがある。
属州の有力者は既に持っていて、 皇帝自身もアフリカとシリアの血を引く。
以後、法の上でローマ人と属州民の区別は無い。
代わりに、上層と下層の区別が法に入る。
名誉ある者と、卑しい者。
カラカラ自身は、5年後に部下に殺された。
出典(2)
塩野七生 『ローマ人の物語』XI 終わりの始まり
エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史』第6章