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Event / できごと

カラカラ勅令

Constitutio Antoniniana
AD212年
重要度 4

概要

帝国内の自由人全員にローマ市民権を与えた。相続税の対象を増やすためだったという見方がある。ローマ人と属州民の区別が、この日に消えた。

場所

ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州

本文

一枚のパピルスの断片が、 その文面を伝えている。

帝国内のすべての自由人に、ローマ市民権を与える。

それまで、市民権は特権だった。

イタリア人、退役兵、有力者、 そして皇帝が認めた者。

属州の住民の大半は持っていない。

一夜で、それが消えた。

理由は書かれていない。

同時代の歴史家カッシウス・ディオは、 相続税と奴隷解放税が市民だけにかかるので、 税収を増やすためだったと書いた。

軍の給与を上げていた皇帝になる。

もう一つ、市民権の意味が薄れていたことがある。

属州の有力者は既に持っていて、 皇帝自身もアフリカとシリアの血を引く。

以後、法の上でローマ人と属州民の区別は無い。

代わりに、上層と下層の区別が法に入る。

名誉ある者と、卑しい者。

カラカラ自身は、5年後に部下に殺された。

出典(2)

塩野七生 ローマ人の物語XI 終わりの始まり
エドワード・ギボン ローマ帝国衰亡史第6章

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