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Event / できごと

アレクサンドロスの死

Death of Alexander
BC323年6月10日(11日説あり)
重要度 5

概要

バビロンで32歳で没した。後継者を定めなかったため、帝国は将軍たちの争いに入る。

場所

バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県

関わった人(1)

アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · 当人

本文

バビロンで、10日ほど発熱して死んだ。

死因は分かっていない。 マラリア、腸チフス、 アルコールによる膵炎、そして毒殺説がある。

近年、ヴェラトルム属の植物の毒とする説も出た。

問題は、後継者を定めなかったことになる。

「誰に帝国を渡すのか」と聞かれ、 「最も強き者に」と答えたと伝わる。 本当にそう言ったのかは分からない。

妻ロクサネは妊娠中だった。 生まれた子は、13年後に殺される。

将軍たちが争った。 ディアドコイ戦争と呼ばれ、40年続く。

遺体は、エジプトへ向かう途中で プトレマイオスに奪われた。 アレクサンドリアに葬られたが、 その墓は失われている。

出典(1)

アッリアノス アレクサンドロス大王東征記第7巻 24–28

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