概要
バビロンで32歳で没した。後継者を定めなかったため、帝国は将軍たちの争いに入る。
場所
バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
関わった人(1)
アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · 当人本文
バビロンで、10日ほど発熱して死んだ。
死因は分かっていない。 マラリア、腸チフス、 アルコールによる膵炎、そして毒殺説がある。
近年、ヴェラトルム属の植物の毒とする説も出た。
問題は、後継者を定めなかったことになる。
「誰に帝国を渡すのか」と聞かれ、 「最も強き者に」と答えたと伝わる。 本当にそう言ったのかは分からない。
妻ロクサネは妊娠中だった。 生まれた子は、13年後に殺される。
将軍たちが争った。 ディアドコイ戦争と呼ばれ、40年続く。
遺体は、エジプトへ向かう途中で プトレマイオスに奪われた。 アレクサンドリアに葬られたが、 その墓は失われている。
出典(1)
アッリアノス 『アレクサンドロス大王東征記』第7巻 24–28