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Event / できごと

東西教会の分裂

East–West Schism
AD1054年
重要度 4

概要

ローマとコンスタンティノープルが互いを破門した。ヨーロッパが二つの信仰圏に分かれる。

場所

コンスタンティノープル
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール

本文

教皇の使節が、 聖ソフィア大聖堂の祭壇に破門状を置いて出て行った。 総主教も、使節を破門し返した。

争点はいくつかあった。

信条にラテン語で加えられた一語(フィリオクェ)。 パンに酵母を入れるかどうか。 聖職者の妻帯。 そして、教皇の首位権をどこまで認めるか。

どれも、それだけなら決裂の理由にならない。

背景に、数世紀かけた疎遠がある。 西はラテン語、東はギリシア語。 互いの神学書を読まなくなっていた。

このとき、双方とも 決定的な分裂になったとは思っていない。 過去にも同じような対立と和解があった。

決定的にしたのは、 150年後の第4回十字軍になる。

同じ時代のできごと

西夏文字の制定AD1036年ダンダーナカーンの戦いAD1040年宋の活字と羅針盤AD1040年頃バガン朝の成立AD1044年カホキアの繁栄AD1050年チャコ・キャニオンの大集落AD1050年頃(最盛期)ニザーミーヤ学院の創設AD1065年ヘイスティングズの戦いAD1066年10月14日