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Event / できごと

チャコ・キャニオンの大集落

Great houses of Chaco Canyon
AD1050年頃(最盛期)
重要度 3

概要

砂漠の峡谷に、数百室・五階建ての石造建築が十数棟並んだ。数十キロ先まで真っ直ぐな道が延び、太陽と月の周期に合わせた建物の向きが残る。

場所

チャコ・キャニオン
36.06°N -107.96°E · アメリカ合衆国・ニューメキシコ州

本文

標高1900メートルの、乾いた峡谷になる。

雨は年に200ミリほど。

そこに、五階建て・数百室の石造建築が 十数棟建てられた。

プエブロ・ボニートは650室を超える。

砂岩を薄く割って積み、 梁には数十キロ離れた山から運んだ松を使った。

20万本以上と推定されている。

道が、峡谷から四方に延びる。

幅9メートル、真っ直ぐで、 障害があれば階段を刻んで越える。

車輪も荷役の動物も無い社会の道になる。

建物の向きが、太陽と月の周期に合わせてある。

18.6年の月の周期まで観測していたと考えられている。

住んでいた人は、部屋の数ほど多くなかったとされる。

祭祀と交易の中心で、 巡礼のように人が集まる場所だった、と。

13世紀の干ばつで放棄された。

出典(1)

ジャレド・ダイアモンド(楡井浩一 訳) 文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの第4章 古の人々

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