概要
コルドバ生まれのユダヤ人医師が、サラディンの宮廷に仕えながら、アリストテレスと聖書を合わせる本をアラビア語で書いた。ユダヤ教の中で焼かれ、トマス・アクィナスに読まれた。
場所
カイロ
30.04°N 31.24°E · エジプト
30.04°N 31.24°E · エジプト
関わった人(1)
マイモニデスAD1138年–AD1204年 · 著者本文
アラビア語で書かれ、ヘブライ文字で写された。 『ダラーラト・アル・ハーイリーン』。 弟子のヨセフ・ベン・ユダに宛てた形をとる。
聖書の人格神の表現を、どう読むか。 「神の手」「神が怒る」「神が座す」。 すべて比喩であり、神は体を持たず、 神について肯定的に言えることは何もない。 神は「〜ではない」としか言えない。 アリストテレスの神は正しいが、世界の永遠性だけは違う。 世界は創られた。理性で証明はできないが、否定もできない。
預言は想像力と知性が最高に働く自然の現象だとし、 律法の一つ一つに理由を探した。 犠牲の儀式は、偶像崇拝の民をゆっくり引き離すための譲歩だった、と。
本は1190年頃に成り、 すぐにヘブライ語に訳された。 南フランスのユダヤ人共同体が二つに割れ、 1233年にモンペリエで、反対派がドミニコ会に頼んで焼かせた。 トマス・アクィナスは「ラビ・モーセ」として引用し、 スピノザはこれを読んで、その先へ行った。