概要
大量破壊兵器を理由に、アメリカとイギリスがイラクに侵攻した。三週間でバグダードが落ち、兵器は見つからなかった。フセインは穴の中で捕まり、絞首刑になった。そのあと8年の内戦で、10万人を超える市民が死んだ。
場所
33.32°N 44.37°E · イラク
本文
2002年1月、「悪の枢軸」。 9月、国連総会でブッシュ。 11月、安保理決議1441。 査察団が戻った。 ブリクスとエルバラダイ。 何も見つからなかった。 2003年2月5日、パウエルが安保理で、 炭疽菌の小瓶を掲げ、 移動式の生物兵器工場の絵を見せた。 「動かぬ証拠」。 アルカイダとの関係。 ウラン購入の文書(偽造)。 2月15日、世界で1000万人がデモ。 ロンドンで100万人。 安保理の第二決議は通らなかった。 フランス、ドイツ、ロシア、中国が反対。 3月19日、48時間の最後通告。 3月20日、バグダードの空爆。 「衝撃と畏怖」。 アメリカ、イギリス、オーストラリア、ポーランド。 「有志連合」。 4月9日、フィルドス広場でフセインの像が倒れた。 アメリカの戦車が引いて。 群衆は数百人。 5月1日、空母エイブラハム・リンカーン。 「任務完了」。
CPA。 ブレマー。 命令1号、バース党員の追放。 命令2号、軍の解散。 40万人が職と武器と共に街に出た。 略奪。 博物館。 アブグレイブ。 2004年4月、写真。 ファルージャ。 2006年2月、サーマッラーのアスカリー廟。 内戦。 スンナとシーア。 2006年12月30日、フセインの絞首刑。 携帯の動画。 「ムクタダ」と叫ぶ声。 2007年、増派。 2011年12月、撤退。 2014年、ISが北の3分の1を取った。 2017年、モスル。 2019年10月、デモ。 「国を返せ」。
大量破壊兵器は無かった。 2004年、ドゥエルファー報告。 2016年、チルコット報告。 イギリス。 「戦争は最後の手段ではなかった」。 死者。 イラク・ボディ・カウント、民間人20万人以上。 ランセット、65万人(2006年まで)。 アメリカ兵、4500人。 イギリス兵、179人。
ブレアは2003年、 「歴史が我々を許すだろう」と言った。 「歴史は我々を許さないかもしれない」とも。