概要
天皇の弟と子が争い、弟が勝った。勝った側が権力を集め、律令と歴史書の編纂を進める。「天皇」の語が使われはじめるのもこの前後になる。
場所
平城京
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県
本文
天智天皇が死んだ。
弟の大海人皇子と、子の大友皇子が争った。
大海人は、事前に出家して吉野へ引いていた。
672年6月、吉野を出た。
伊賀、伊勢、美濃へ。
東国の兵を集めた。
不破の関を押さえて、東からの道を断つ。
一か月で決着した。
大友皇子は自死する。
古代の日本で最大の内乱になる。
勝った大海人が天武天皇として即位した。
近江から飛鳥へ都を戻す。
やったことが多い。
八色の姓で豪族を序列に組み直し、 律令の編纂を始め、 歴史書の編纂を命じた。
『古事記』と『日本書紀』の出発点になる。
「天皇」という語が使われはじめるのも、 この前後とされる。
大津皇子の変を経て、 持統天皇が藤原京を造る。