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Event / できごと

義浄のシュリーヴィジャヤ滞在

Yijing in Srivijaya
AD671年
重要度 3

概要

唐の僧が海路でインドへ向かい、途中の港でサンスクリットを学んだ。海峡の国に千人の僧がいた、とその記録が伝える。

場所

パレンバン
-2.98°N 104.78°E · インドネシア(シュリーヴィジャヤの中心)

関わった人(1)

義浄AD635年–AD713年 · 滞在した

本文

玄奘の帰国から26年後になる。

同じくインドの経典を求めたが、 道は海を選んだ。

広州から商船に乗り、 20日ほどでシュリーヴィジャヤに着く。

半年滞在して、サンスクリットの文法を学んだ。

僧が千人以上いて、 インドと同じ規則で修行している、と書いている。

インドへ行くなら、まずここで 一、二年学ぶのがよい、とも。

ナーランダーで10年学んだ。

帰りも同じ港に寄り、 そこで4年かけて経典を訳した。

その間に書いたのが『南海寄帰内法伝』と『大唐西域求法高僧伝』になる。

前者は僧院の生活の細部を、 後者は海路でインドを目指した僧60人ほどの消息を伝える。

途中で死んだ者が多い。

シュリーヴィジャヤの姿は、 自国の記録がほとんど残っていないので、 この人の記述が主な手がかりになっている。

出典(1)

義浄 南海寄帰内法伝

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