概要
朝廷から離れた場所に武士の政権が置かれた。以後700年近く、実権は武士が握る。
場所
鎌倉
35.32°N 139.55°E · 日本・神奈川県
35.32°N 139.55°E · 日本・神奈川県
関わった人(1)
源頼朝AD1147年–AD1199年 · 当人本文
朝廷から離れた場所に、武士の政権が置かれた。
京都ではなく鎌倉を選んだ。
平氏が京都で貴族化して失敗したのを、 源頼朝は見ていた。
三方を山、一方を海に囲まれた地形も選ばれた理由になる。
仕組みが、御恩と奉公になる。
将軍が土地の権利を保証し(御恩)、 御家人が軍役を負う(奉公)。
契約に近い関係になる。
成立の年には諸説ある。 1192年の征夷大将軍任命のほか、 1180年の侍所設置、 1185年の守護・地頭の設置を採る説がある。
教科書の記述も変わってきた。
以後700年近く、 実権は武士が握り続ける。
朝廷は、権威として残った。