概要
大韓帝国が日本に併合され、35年続いた。言語や姓名の政策を含め、いまも両国の関係の根に残る。
場所
漢陽
37.57°N 126.98°E · 大韓民国・ソウル(朝鮮王朝の都)
37.57°N 126.98°E · 大韓民国・ソウル(朝鮮王朝の都)
本文
大韓帝国が、日本に併合された。
日露戦争の後、段階を追って進んだ。
1905年に保護国とし、外交権を奪う。 統監府を置いた。
1907年に軍を解散させた。 その兵が、義兵闘争に加わる。
1909年、初代統監の伊藤博文が ハルビンで安重根に撃たれた。
翌年、併合条約が結ばれる。
35年続いた。
土地調査事業で、 申告制を採ったため、 手続きを知らない農民が土地を失った例が多い。
学校で日本語が教えられ、 1940年から創氏改名が実施された。
その政策の一つ一つが、 いまも両国の関係の根に残っている。
歴史認識をめぐる対立の、 最も大きな部分がここから来ている。