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Event / できごと

ミトリダテス戦争

Mithridatic Wars
BC88年
重要度 3

概要

ポントスの王が小アジアのローマ人8万人を一日で殺させ、25年ローマと戦った。毒に慣らした体は、最後に毒で死ねなかった。

場所

シノペ
42.03°N 35.16°E · トルコ・シノップ県(ポントス王国の都)

関わった人(1)

ミトリダテス6世BC135年–BC63年 · 王

本文

ポントスは黒海の南岸の王国になる。

ミトリダテス6世は、ローマが小アジアで 税を絞り取るのを見ていた。

BC88年、命令を出した。

一日で、小アジアのローマ人とイタリア人を全員殺せ。

8万人とされる。

各都市が実行した。

それだけ憎まれていた。

ギリシアも彼を迎えた。

アテネが味方した。

スッラが来て、アテネを落とし、 ギリシアで二度ミトリダテスの軍を破った。

講和した。

その後、二度戦っている。

ルクッルス、次いでポンペイウス。

25年。

最後は息子に裏切られ、要塞に籠もった。

毒を飲んだが、効かなかった。

毒に慣らすために、少しずつ飲みつづけていたからになる。

部下に剣で殺させた。BC63年。

「毒に慣らす」ことを、いまもミトリダティズムと呼ぶ。

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