概要
先住民として初めて市民権を与えられた画家が、その権利で買った酒を親族に分けた。当時、市民権のない先住民に酒を渡すのは犯罪だった。有罪になり、釈放の翌年に死ぬ。
場所
ウルル
-25.34°N 131.04°E · オーストラリア・ノーザンテリトリー
-25.34°N 131.04°E · オーストラリア・ノーザンテリトリー
関わった人(1)
アルバート・ナマジラAD1902年7月28日–AD1959年8月8日 · 受けた側本文
アレンテの画家として、名を得ていた。
作品は完売し、女王にも謁見した。
だが、法の上では市民ではなかった。
先住民は、州の「保護法」の下にあった。
移動も、飲酒も、財産の管理も制限される。
1957年、彼と妻に市民権が与えられた。
先住民として初めてになる。
投票でき、酒を買え、家を建てられる。
だが、親族はそうではない。
アレンテの社会では、 持てる者が持たざる者に分けるのが義務になる。
分けなければ、共同体から外れる。
酒を分けた。
当時、市民権のない先住民に酒を渡すのは犯罪だった。
起訴され、有罪になった。
刑期は短縮されたが、心身を壊した。
釈放の翌年に死ぬ。57歳。
オーストラリアの先住民全体に 連邦の権利が及ぶのは、その10年後になる。